グリコ・森永事件 ①グリコ社長誘拐事件

 

 



江崎グリコ社長の誘拐

本記事では、朝日文庫の「グリコ・森永事件」を元に記述していく。なお他の出所は番号で記す。
登場人物が多いので先に家族構成から記述する。

家族構成

江崎芳江さん(70歳):江崎勝久の母
江崎勝久さん(42歳):江崎グリコ社長
江崎美恵子さん(35歳):江崎勝久の妻
悦郎さん(11歳):江崎勝久の長男
真理子さん(7歳):江崎勝久の長女
祐理子さん(4歳):江崎勝久の次女

なお、江崎勝久邸と江崎芳江邸があり、隣り合っている。

 

事件現場および監禁現場

・グリコ社長自宅(当時)
・監禁場所(水防倉庫)おおよその位置
・グリコ社長が監禁場所を脱出して駆け込んだ場所(大阪貨物ターミナル駅)おおよその位置

 

時系列

侵入・逃走経路は本書の推定

昭和59年(西暦1984年)
3月上旬:何者かが西宮市役所で「江崎」の三文判で江崎勝久社長の住民票を取得していた。

事件の起こる数日前
22時~23時:裏庭にあった雪見灯籠の明かりが突然消える(文献:②)

3月18日(日)
17時半頃:江崎社長の長女が自宅から東100m先の交差点で赤い車を目撃。(文献:②)

19時半頃:江崎社長の長男が自宅前で見慣れぬ、赤い車を目撃(文献:②)

母方の江崎芳江邸へ侵入

母方の江崎芳江邸の生垣を乗り越える

芳江邸の勝手口のガラス戸を割って侵入

テレビを見ていた芳江さんを粘着テープでさるぐつわをされ、荷造り用の細いロープで手足を縛られ、勝久邸の勝手口の鍵を手に入れる

立ち去る前、台所、居間にあった勝久邸と通じるホームテレホン、居間のテレビの上にあった一般電話の回線、テレビのコードを切断(文献:②)

芳江邸の勝手口から出て、庭を通る

江崎勝久邸へ侵入

勝久邸の勝手口から鍵を使って侵入(その後鍵は差し込んだまま見つかる)

江崎夫妻の寝室で妻の美恵子さんと長女真理子さんがテレビを見ていたところ、二人組に襲われる
真理子さんが小さな悲鳴を上げる
犯人「真理子ちゃん、静かにしろ」と名指しで制する
美恵子さん「お金ならいくらでもあげます」
犯人「金はいらん」と怒鳴る
妻恵美子さんと長女真理子さんは赤色の粘着テープで後ろ手に縛り寝室わきのトイレに閉じ込められた

21時30分ごろ:子供たちと風呂に入っていたところ、二人の覆面をした男が現れる。

江崎グリコ社長が誘拐される

犯人「静かにせい、騒ぐな、騒ぐな」
犯人Aは長男に「風呂から外出るな、ええか」
全裸だった江崎社長が腰にバスタオルを巻くと、犯人らは、子供部屋へと連れ込む。

犯人「四つんばいになってしゃがめ」「手を後ろにやれ」
江崎社長は両手を後ろにして手錠をかけられる。

「セコム」の警報のアラームが鳴りだす。部屋の外から犯人Aが「早くしろ」と言いながら、子供部屋へ入ってくる。
2階の化粧台カウンター上の西壁に設置されていたホームテレホン、浴室の洗面台にあった電話の回線を犯人が切断したため、警報が鳴りだしたとされている。(文献:②)

警報に焦った犯人らは、侵入口の1階か自室から江崎社長を強引に連れ出そうとしたため、社長が腰に巻いていたバスタオルが地面に落ちる。(文献:②)

母親の江崎芳江邸の玄関の前で両足を踏ん張って抵抗するが門外に押し出される

赤色2ドアの乗用車が動き出し目の前で止まる。

後部座席に押し込まれ、頭からすっぽり大きな布袋をかぶせられる。

警察に電話

妻美恵子さんは自力でテープをほどき、寝室の電話をかけようとしたがコードが切断されていたため、階段を駆け下りる。
21時36分頃:食堂の電話から110番を回し「二人組の男が入ってきて、テープをくくられた」と電話
ホームテレホンを切断した途中でセコムのアラームが鳴り始めたため、寝室の電話には手を付けていなかった。(文献:②)

21時38分頃:長女がセコムへ直通する非常用警報のボタンを押す。(文献:②)

22時10分:西宮署は「強盗事件」として緊急配備を実施

拉致後の流れ

拉致の途中、合成した女性の声で
「700円です。ありがとうございました」という声を江崎社長が聞いており、高速道路を降りたものと思ったとしている。

高速を降り、15分ほど走り、車は止まる。

22時過ぎ:水防倉庫に到着。

倉庫に連れ込まれ2階のコンクリート床に敷いたかますの上に転がされる。

スキー帽をかぶせられ、黒いオーバーを着せられ、再び両手に手錠をかけられる。

江崎社長:「なんでこんなことするんや」と問うと
ライフルを持った犯人:「当たり前やないか、金や」と答える。
犯人「勝久。真理子もさらった。わしの知り合いの女のところで、人形遊びをしとる。金が入ったら娘は返す。逃げたら真理子を殺す」
江崎社長「金は払うから、子供の命は助けてくれ」

江崎社長の肉声をソニー製マイクロカセット・レコーダーでテープに数回録音する。

脅迫

3月19日
1時15分:江崎グリコ取締役藤江弘毅宅に
「高槻市真上北自治会の窯風呂温泉の看板の前に、電話ボックスがある。その中を見ろ」
と電話があった。その声は江崎社長の声のようにも聞こえた。

1時40分:警察が向かうと電話帳の間に挟まれた茶色の封筒を見つけ、中を見るとタイプ印刷の脅迫状が入っていた。

時刻不明:パン、ビスケット、缶ジュースが与えらえれる

18時9分:藤江宅に無言電話。逆探知成功。大阪府都島区内の喫茶店シャロム京橋(当時)前の公衆電話から発信。(文献:②)

18時23分:藤江宅に電話がかかる。録音テープに吹き込んだ江崎社長の声だったが、音量が小さく、おびえた途切れ途切れの声で聴きとりにくかった。
逆探知成功。大阪府都島区東野田3丁目京橋ガードレール下お好み焼き屋「木の実」(当時)前の公衆電話

18時49分:「茨木のレストラン 寿。81局の7500番。お前の名前は今後、中村や。一人で連絡を待て」という電話がかかる。
18時56分、19時1分、19時10分と計4回上記の同じ電話がかかってきて1分で切れる。

20時46分:若い声で「今、茨木インターだが、店にはどう、いけばええんや」と電話あり。(文献:②)

20時52分:高槻署に「江崎社長は摂津の病院におるで」といういたずら電話あり。(文献:②)

3月20日
1時35分~2時14分:江崎社長宅の電話に無言電話が計11回かかってくる

昼頃:大阪府寝屋川市内のスーパーで購入したパンツ、シャツ、詐欺業ズボンを着せ、脅迫めいた文言をテープに吹き込ませる。
夜:犯人たちは姿を消す

監禁状態から脱出

3月21日
14時15分過ぎ:大阪貨物ターミナル駅構内の留置1番線で監禁場所から脱出したグリコ社長が発見される。

14時22分:江崎社長が110番する。

犯人グループから電話

15時3分:藤江取締役宅へ電話で「金を渡さないと殺される」など江崎社長に吹き込ませた録音テープを流している。

 

犯人

浴室に入ってきた二人組の犯人像

犯人Bと犯人Cは、下記書籍で特徴が逆転している。
①朝日新聞大阪社会部 「グリコ・森永事件」 朝日文庫 1994年7月
②森下香枝 「グリコ・森永事件「最終報告」」 朝日新聞社 2007年9月

犯人A
身長160㎝くらい。35、6歳。中肉。白色の目出し帽(目は1つで口の部分も開いていた)
目と目の間が広く、タレントの川谷拓三に似ている。鼻は低い。ひもなしの黒っぽい運動靴。白手袋。拳銃らしいものを所持
B,Cに指示を出したリーダー格とされる。30~50歳ぐらいとしている。(文献:②)
犯人B
文献①
身長170㎝くらい。40歳前後。白色の目出し帽。白手袋。黒っぽいジャンパー。黒色ズック靴。ライフル銃らしいものを所持。押し殺したような低い声。
文献②
年齢20歳前後。身長165㎝くらい。黒目出し帽の下からニキビ面の赤ら顔。江崎邸に入ったとき拳銃のようものを所持
犯人C
文献①
車運転手。身長165㎝前後。20歳ぐらい。赤ら顔にニキビ。黒い目出し帽をかぶっていた。
文献②
年齢は20~30歳前後。白と紺の混じった目出し帽。おとなしいしゃべり方で語尾に河内弁の「け」をつける。
運転手役。江崎社長の監視役。

 

車の車種

2000㏄以下の日産スカイラインか、三菱ギャラン・ラムダ(文献:②)

 

グリコ社長の家の状況

2年前の1982年12月に完成した、2階建ての洋館。
敷地は650㎡。
周囲は高さ2mの塀で囲まれ、玄関、勝手口は鉄製の扉。
セコムの「マイアラームシステム」があり、窓ガラスが1枚でも割れると警備会社に直結した非常信号が作動し直ちにガードマンが急行するシステム。

しかし犯人たちは社長宅には直接踏み込まず、アラーム装置のない母の芳江宅に侵入。

 

高速道路

江崎社長は社内で、「料金は700円です。ありがとうございました。」という高速道路料金所のアナウンスを聞いている。これについて文献②では、西宮インターから名神高速に上がり、吹田インターで下り、監禁場所の大阪府茨木市南部にある水防倉庫へたどり着いたとしている。

 

監禁場所

場所

茨木市宮島3丁目 安威川左岸の水防倉庫

監禁時の状態

・スキー帽:白地に黄、緑、桃色の横線の入った毛糸製。こちらで目隠しされていた。
・全裸に黒いオーバー。108㎝で旧陸軍高級将校が着用していたカーキ色の軍服を黒く仕立て直したもの。昭和24年~30年頃リフォームした軍服オーバーが流行した。当時の事件から約30年も前のこと。
・ガムテープで口をひさがれる。
・後ろに手錠。両足をビニール製ロープで縛りあげられる。
・倉庫の床に転がされていた。(以上文献②)

水防倉庫の仕組みと脱出の方法

水防倉庫の仕組み

水防倉庫の出入口は1階東側と北側の2カ所。
東扉の外側に取り付けてあった南京錠を、犯人は新しいものに取り換えていた。
北扉は、レールに沿って左右に開く構造で、扉はボルトを穴に通してナットで締めて鍵をかける仕組み。
江崎社長は東側の鉄製扉あたりに連れ込まれた。

 

脱出方法

壁にすりつけ、手の紐をほどく。

壁のあちこちを押したり叩いたりしていると、北扉のほうでナットが突然ゆるみ、手でナットを回すと外れた。

 

 

 

江崎社長が読み上げた内容

藤江さんのお宅ですか?
車に金子が乗ってレストラン寿、電話は81-75XX、で連絡を待て。
運転手は車に残ってもう一人が店へ入れ。
中からも外からも見張られている。
メモ用紙を用意して電話を待て。
中村あて、中村あてに電話する。これからお前の名前は中村や。
171号線に缶をおいてある。中に紙片が入っているのでそれを読め・・・

 

江崎グリコへの脅迫状

昭和59年(西暦1984年)3月19日午前1時40分、大阪府高槻市真上町の公衆電話ボックスで発見されたもの

人質はあづかった
現金10億円 と 金100㎏ を よおい しろ
現金と金は 白か アイボリイの ライトバンに
のせて あすの ごご5じまでに 藤江部長の
タカツキの うちの まえにおけ
車には 北摂の道路に くわしい 会社の運てん手だけ
のっておけ
れんらくは藤江 のうちえ TELするこのことを しらせてええのは とりひきさきの
銀行の支店長と 会社の運てん手と金子と 藤江だけや
けいさつに しらせたら 人質を かならず 殺す
けいさつにも 会社にも 電電公社にも ナカマがいる
ぎゃくたん知 しても すぐわる
藤江 のうちと 会社は かんぜんに みはられている
関西の 道路ちづと タカツキのちづと メモ用紙と
かくものを よおいすること
現金や 金や 車には ぜったい さいくするな
ワイヤレスマイクも小がたムセンも むだや
運てん手に けいじ つかったら すぐばれるで
TEL ながびかそうとしても だめや
声ださずに メモだけ するんや
金 もらったら 科学的な 調査して 24じかん
したら 人質を かえす
現金は 新さつを つかうな
とりひきは いっさい しない
いうことだけ きけ

【注】
藤江部長:江崎グリコ取締役人事担当
金子:常務取締役の金子徹男さん

日本パンライター社製の手動式パンライター「PH45H型かPH45M型」が使用。
細丸ゴシック9ポイントの活字盤、ピッチ4.5ミリで打たれていた。
原文は藤江の文字が半行下にズレたものだった。(文献:②)
 

 

 

【参考文献】
①朝日新聞大阪社会部 「グリコ・森永事件」 朝日文庫 1994年7月
②森下香枝 「グリコ・森永事件「最終報告」」 朝日新聞社 2007年9月

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