京都府長岡京市 ワラビ採り2主婦殺人事件

 



事件の概要

概要

被害者:水野恵子さん(当時31歳)、赤石英子さん(当時43歳)
事件発生日時:昭和54年5月23日(西暦1979年)

 

事件現場

京都府長岡京市「野山」

 



事件の状況を追う

時系列

5月23日
6時~10時:水野恵子さんと赤石英子さんはスーパーで仕事。

10時:スーパーで昼の弁当を購入、自転車で「野山」へワラビ採りに行く。

11時:水野恵子さんと赤石英子さんが山に入る(近くにいたガードマンによる目撃証言)。

不明(12時ごろ?):昼食?(ナップザックには空になった弁当箱が入っていた)

12時~14時半ごろ:この時間帯に襲われる(検死の結果から)。

夜:水野恵子さんが帰ってこないので、水野恵子さんの夫は一人で暗闇の中、野山を捜索。

5月24日
朝:赤石英子さんの夫(会社の宿直明け)と、水野恵子さんの夫の2人で探すがみつけることができず。

14時50分:警察に捜索願

15時~深夜:警察による捜索が行われたが、発見できず。

5月25日
9時~:警察による捜索

10時30分ごろ:赤石英子さんを警察犬が発見。

10時50分ごろ:水野恵子さんを発見。

 

状況

死因

水野恵子さん:胸を刺殺されたことによる失血死。
赤石英子さん:窒息死。

被害者の状況

水野恵子さん
発見時:うつぶせの状態。ナッブザックは背負ったままの状態。文化包丁が左胸に突き刺さっており、下半身は下着が引き裂かれ、ジーパンや靴が遺体近くに散乱。
遺体の状態:首には絞められた跡。全身約50ヵ所、手拳で殴られたり、蹴り上げられたような皮下出血が見られる。文化包丁が心臓から肺にまで達していた。
体液は検出されず。

赤石英子さん
発見時:頭を谷のほうに向け、仰向けの状態。スポーツシャツのボタンが外れ、靴が脱げていた。そばに2,000円が入ったリュックが放置。
遺体の状態:首には両手で絞められた跡。全身約30ヵ所、手拳で殴られたり、蹴り上げられたような皮下出血が見られる。左右計9本のろっ骨が折れ、肝臓が破裂。
体内から犯人の体液が検出。

 



メモが発見

文字

「オワれている
たすけて下さい
この男の人わるい人」

 

どこから出てきたのか

赤石英子さんのジーパンの右ポケットの底から。

 

状態

勤め先のスーパーのレシート。
しわくちゃの状態で発見。
メモには鉛筆でつついたような跡があり。

【参考文献】
①別冊宝島Real53 迷宮入り!? 未解決殺人事件の真相 宝島社 
②グループSKIT編 日本人を震撼させた未解決事件71 PHP文庫 2012年

 

考察

どちらから殺されたのか

赤石英子さんと水野恵子さんはどちらから殺されたのか。
水野恵子さんには文化包丁が刺さったままであった。ということは、ここで事件が終結だったかもしれない。
包丁があれば、相手を脅すこともできるし、戦いになったときに有利だが、刺したままにしたということは、主婦2人との争いは終わり、かつ、周りに誰もいなかった状況であったことがわかる。
そのため、

①赤石英子さんが殺害され、次に②主婦Mが殺害された のではないか。

 

レシート

いつ書かれたのか
「オワれている」
と書かれているので、後ろからついて来てるときに書いたものと思われる。
なので、
・追われている状況で歩きながら書いた。
・追われて一時身を潜めその時に書いた。
のどちらかと思われる。

右下にある楕円形は
本やサイトをざっとみたがこれについて語られている記事はなかった。
助けを呼ぶ緊急事態なので、これも鉛筆で書かれたものならば、なにか意味があって書いたのではないか。
しかしこの写真からは不鮮明なので判読できない。

なにか道具を使って文字を判別できないか
例えば稲荷山古墳の鉄剣の文字は、さびていて文字があることがわからなかったが、保存のため、レントゲンをかけたところ文字が書かれているのが判明。
圧がかかったところ、もしくは凹んだところを鮮明に映し出す機械はないだろうか。

 

事件はすでに時効

wikipediaによると、1994年5月24日に時効になっているとのこと。

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