東京都多摩市 保母殺人マンホール死体遺棄事件

 



事件の概要

概要

事件被害者:八木橋富貴子さん(当時39歳)
事件発生時:1997年1月14日(遺体発見日時)
事件発生現場:東京都多摩市

 

 



2次資料から 事件の状況を追う

時系列

1977年:多摩市の保育園に保母として採用。
1991年3月:多摩市の保育園を「結婚」を理由に退職。
1991年4月:北区の保育園に勤める。

1996年
2月27日
17時30分:本蓮沼駅で同僚とわかれる
18時50分ごろ:多摩市内のスーパーに立ち寄る
21時ごろ:新聞の集金人が被害者を目撃

2月28日
仕事場の保育園を無断欠勤

1997年
1月14日
8時すぎ:マンホールから汚水が溢れ出る。
10時30分ごろ:市の職員がマンホールを開け、遺体を発見。

 

状況

死因
不明。
頭部に傷跡があったが、死体が遺棄されてからかなりの月日がたっていた。

遺体の状況
遺体は腰を掛けるような形で置かれていた。
頭部と鼻など数箇所の骨が折れていて、腐乱が激しかった。
ワンピースにセーターを着ており、靴は見当たらなかった。
歯の治療痕から被害者の身元が判明。

同僚と別れた時の服装と、遺体で発見されたときの服装が違っていた。

部屋の状況
誰かと争った形跡はなし

被害状況
いつも持ち歩いていた巾着が見当たらない。
巾着には、財布、日記帳、預金通帳など大事なものを入れていた。
預金通帳には、750万円ほど預金があったが、引き出された形跡はなし。
日記帳は1990年の日記もなくなっていた。

 

被害者の性格等

日記帳
被害者は、こまめな性格で、その日に誰に会って何をしたかということを事細かく記していた。

 

遺棄されたマンホール

マンホール直径:0.6m
底の部分の直径:1.2m
深さ:3m

雨水用と汚水用があり、汚水用の溝は25㎝。
汚水が溢れ出したきっかけは、腐乱した遺体の一部が剥げ落ちて溝の穴を塞いだため。
被害者の住んでいたマンションから200mほどいったところ。
マンホール
田宮榮一 「未解決殺人事件ファイル」の図から真相を追う が作成

 

【参考】

田宮榮一監修 「捜査決殺人事件ファイルケイゾク中 未解」 廣済堂 2001年10月

 

 



考察

なぜ、結婚していないのに、保育園を「結婚」を理由にやめたか

本の記述に違和感
本というのは上にあげた
田宮榮一監修 「捜査ケイゾク中 未解決殺人事件ファイル」 廣済堂 2001年10月
である。この記述について考察したい。

「平成3年3月(1991年)には14年間勤務していた多摩市の保育園を「結婚」を理由にやめたが・・・」
と書かれている。
しかし、読み進めていくと、

「結婚願望が強く、・・・紹介などで度々縁談の話があったが、うまくいかなかったそうだ。」
とある。
なぜ、「結婚」を理由に退社したのに、結婚相手を探していたのか。
話の途中で離婚したとも書かれていない。不可解な話である。

「結婚」と嘘を言って退職か
本には書かれていないので推測になるが、「結婚」を理由にして保育園を退職したが、実際には結婚予定はなかったということである。
それでは、なぜ「結婚」という嘘をついたのか。

なぜ「結婚」という嘘をついたか
可能性として、保育園のに関係する人、例えば従業員もしくは保護者と交際をしていたが、振られたもしくは不倫の関係があったかもしれない。
従業員の独身者と交際して振られたのであれば、所謂私にも相手がいるというアピールだったかもしれない。
不倫であったならば、その妻に激しく叩かれ、もう別れるというけじめをみせるため「結婚」という理由で不倫相手の妻に安心させたかったかもしれない。

この「結婚」は次の日記帳2年分の紛失にリンクすると考えられる。

 

日記2年分が紛失

また本を読んでいるときに違和感
本を読んでいるとき、次の書き方に違和感を感じた。

「八木橋さんがいつも持ち歩いていた巾着がどこにも見当たらなくなった。彼女はその中に財布や日記帳、貯金通帳など大事なものを入れていたという。
預金通帳には750万円ほどが預金されていたが、引き出された形跡はない。
日記は彼女が失踪した平成3年(1991年)のものだったが、父親が部屋を整理しているうちに、前年の平成2年(1990年)の日記もなくなっていたことがわかった。」
と本には記述されている。

この記述から平成2年の日記はなくなったことはわかる。
しかし、
「・・・日記は彼女が失踪した平成3年(1991年)のものだったが、・・・」
この記述がどういった意味なのだろうか。

失踪当時平成3年の日記帳を持ち歩いて、この日記帳も見当たらないということだろうか。
そもそも被害者がなぜ、紛失した巾着の中に平成3年分の日記を入れていたことがわかっているのか。
持ち歩いていて知り合いに見せていたのだろか。

なぜ当時4年前の日記を常に持ち歩いていたのか
失踪日時は、1996年2月27日である。
上記の記述から1991年の日記を巾着に入れてたと考える。
すると、失踪時の1996年に彼女は、巾着に1991年の日記帳を常に持っていたことになる。
なぜ4年も前の日記帳を常に持ち歩く必要性があったのか。
被害者はこまめな性格で、その日に誰に会って何をしたかということを事細かく記していた日記帳であった。

 

「結婚」という嘘と、日記帳2年分の紛失 を考える

時系列で考える
それでは時系列で、「結婚」という嘘をついて退社した日時と、日記帳の紛失した2年分の日付を当てはめて考えてみる。

1977年:多摩市の保育園に保母として採用。
1990年分の日記帳が見当たらず
1991年3月:多摩市の保育園を「結婚」を理由に退職。
1991年分の日記帳が見当たらず。この日記帳を常に持ち歩いていた?
1991年4月:北区の保育園に勤める。
1996年2月28日:仕事場の保育園を無断欠勤

上記のように、「結婚」という嘘の日時と、紛失した2年分の日記帳がリンクすることがわかる。
もしこの日記帳が単なる紛失ではなく、犯人によるものであるならば、この1990年~1991年で被害者と交際していた人物が、事件について何らかの事情を知っているものと思われる。

 

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